鑑定例 太宰治を占う
伽鳳の公式ホームページでは、
伽鳳算命占として、占い方の紹介も掲載しております。
文豪たちがどのような人生を経て、
研究者たちが見た世界観と占いの世界観とは、どのような違いがあるのか?
興味がある方もいらっしゃるかと思います。
そんな中から、やはりこの方を語らずには居られません。
そろそろ、桜桃忌ですね。
太宰治
1909年6月19日生まれ E227 39歳没
庚 庚 己
戌 午 酉
戊 己 辛
玉 将
龍 玉 石
堂 貫 光
寅卯天中殺
知らない者はいない、文学者。
後天で回る運命で、その後の人生がどのように変化するのか?
本人が、どのような考えのもとで、年譜としてある行動を起すのか?
を伽鳳算命学を通して検証します。
まず、宿命から大まかに人物を捉えましょう。
金多金旺です。
生じられる星を3つ持っております。助けられるという意味です。
(龍高、玉堂)
子供時代は、他者から支えられることにより、甘さを持ち、ひょうひょうとして育った様子が浮かびます。
4 己 巳 玉堂 天貴
14 戊 辰 龍高 天印
24 丁 卯 牽牛 天報
34 丙 寅 車騎 天馳
44 乙 丑 司禄 天庫
54 甲 子 禄存 天極
第一の問題点
【守護神過多になる時】
金多金旺に見えますが、化火になる可能性があります。
庚金は溶ける時が命の危機にさらされる時です。
人生は必ず東方に進み、結果は西方に出ますね。
この原則から、本人の評価、実績のボリュームが大きくなればなるほど、化火に進むということです。
また、後天運のどこかで、三合会局半会が見える時には、一気に化火に偏る危険性がある、
ということを見落としてはなりません。
第二の問題点
【働き盛りの大運天中殺】
車は燃料が無いと走れません。人も同じに、燃料を使いきってしまうと進めません。
<大運の考察>
初旬 4 己 巳 玉堂 天貴
初旬条件があり、天中殺の繰り上がります。
化金となり、宿命は安定した強さを持ち、お坊ちゃんとして守られて過ごす時です。
2旬目 14 戊 辰 龍高 天印
忌み神回りで陰転となります。
対沖現象で、現実は崩れます。世の中には出れず、うじうじした状況の時です。
龍高星は、既存からの脱却のため、苦しみながら模索します。
3旬目 24 丁 卯 牽牛 天報
大運天中殺の移動条件により、通常の4倍の最大陽転現象が起こります。
中身は牽牛星で車騎現象となり、エネルギーの消耗は最大に激しい時です。
“世間に呼ばれ、寝ずに働かなくては“と、加速度的にエネルギーを使うことになります。
本人は庚金の塊なので、このタイミングで、やる気充分で立ち向かうことになります。
しかし、本質は金で強いのですが、現実的な心はもともともろいのです。
心のもろさは、過保護の人間性が出てしまうということです。
4旬目 34 丙 寅 車騎 天馳
さらに、陽転現象は続きます。
しかし、守護神多過となり、同時に三合会局が回ります。地支は火に化けることになります。
本人の心の迷いと破壊現象(会局)が同時に起きる状況です。
散法では、破壊現象もなく目いっぱい動きます。
車騎星が3つ4つとなり働きづめになるのです。
そして、庚金が溶ける条件が加速します。
”心の世界”で自分自身を保ち、安定を貫くことができれば良いのですが、
残念ながら、陽占の12大従星は、すべて現実の星です。
要するに、”現実離れができない人”、ということなのです。
そして、仕事を離れて、”心の世界”より”現実の私生活”を楽しもう、という方向に傾いていきました。
そして、崩れていく・・・。
〈考察〉
異性運
24 丁 卯 東方破壊 異性に関しては片思いとなる時期。
納音条件。運は伸びるが、卯を壊す為、異性とは上手くいかない時です。
34 丙 寅 甲を異性として納得できない。本当に好きな人なのか分かりにくい。
結果、心は焦り、慌て、急いでしまうことになる。
宿命に乙甲がないと、心を奪われて結婚ができないのです。
それでも、現実の結婚を追求すると苦しむことになる。
実際は、後天運で乙甲は回るが、28元の大運にしか回わらない。
結婚は、できるが一方的にな思いになってします。
年運
36歳 乙酉 司禄 天将
37歳 丙戌 車騎 天堂
38歳 丁亥 牽牛 天胡 火の塊。どうしたらいいのか分からない現実を感じる。
39歳 戊子 龍高 天極 (入水自殺)本来、戊子はありがたいが、意識は、以下のように、
まとめに向かっております。
戊 丙 庚 庚 己
子 寅 戌 午 酉
大運と年運を入れて、位相法条件を当てはめると、西方に向かっていることがわかります。
庚(本人の心)
戌 午 酉
まとめの世界(死) 現在 進む世界(生)
会局 対沖 破
西方は、死の世界です。
東方破壊条件に加え、陽転で運気は伸びいくら結果がまとまりやすくとも、
最大疲労で、くたびれてしまうと、まとまっている西方に目が行きます。
“まとまってもいいか・・・”と考えるのです。
何かのタイミングの時(くたびれた時など)に、死を考える。
ふとした時に安らぎを得ようとすると、死を考える。
生きる意欲をあきらめる時がこの時です。
(逆に80歳90歳でも東方が動く人は、人生にあきらめず生きようとします。)
昨年の4月19日の新聞に、太宰治に関する記事がありました。
以前にも自殺未遂をしていたことが分かった、と掲載されておりました。
そこでは、ちょうど守護霊気が回っていたので未遂で終わりました。
大きな事故が起きても、かすり傷程度で助かる人がいるのは、この条件です。
たまたま、太宰には守護霊気がその時に回っておりました。
しかし、最後は・・・。
自分で命を立つ自殺は、通常救われないとされます。
桜桃忌6月19日が近ずくと思いだします。
伽鳳
前の記事へ
次の記事へ