なぜこれほど高校野球に惹かれるのだろう

改めて思うことがあります。
高校野球は、本当に素晴らしい。
日本という国は縦に長い。
北から南まで、それぞれの土地に歴史があり、文化があり、気候があり、そこで生きている人たちの思いがあります。
その土地には誇りもあれば、震災や豪雨など、さまざまな災害を経験してきた地域もあります。
普段、東京や神奈川で生活していれば、遠く離れた地方で暮らす人たちの思いを実感する機会は、それほど多くありません。
しかし甲子園には、全国から人が集まってくる。
神奈川には神奈川の思いがある。
東北には東北の思いがある。
沖縄には沖縄の思いがある。
それぞれが自分たちの土地を背負って甲子園へ来る。
そして不思議なのは、自分の学校を必死に応援しながらも、相手には相手の人生があり、相手の土地にも同じように応援している人がいることが、目の前で分かることです。
違うもの同士が、違うままで一つの場所を共有し、互いを尊重する。
こんな光景を目の前で見ることのできる場所は、今の日本では案外少ないのではないでしょうか。
社会には「縦」があります。
国があり、組織があり、会社があり、学校がある。
上から下へと物事が決まっていく縦の世界です。
しかし私たち一般の人間が実際に生きている場所には、もう一つ、「横」の世界があります。
家族がいる。
友人がいる。
知らない人と出会う。
違う土地に暮らす人と同じものを見て、一緒に笑ったり、泣いたりする。
甲子園には、その横につながっていく人間の世界があるように思います。
そしてスタンドから見れば、グラウンドで戦っているのは高校生です。
大人から見れば「子供」なのかもしれません。
けれど、私たち大人も、かつてそこを通ってきた。
夢中になったことがあった。
負けて泣いたことがあった。
認めてもらいたかったことがあった。
自分には何かできるはずだと思っていた時代があった。
高校生をただ「若い子たち」として上から見るのではなく、
「自分も、いつかあそこを通った」
と思えるかどうか。
それは、その後の人生をどれだけ豊かに生きられるかにもつながっているように思います。
私は、一般人でよかったと思います。
誰かと同じ場所に座って、同じ試合を見て、声を出して、悔しがって、喜べる。
上から社会全体を背負わなければならない立場ではなく、一人の人間として誰かを応援できる。
それは、とても幸せなことなのかもしれません。
人間はいつの間にか、お金や地位や利害に囲まれて生きるようになります。
資本主義の社会で生きている以上、それ自体から完全に離れることはできません。
『熱闘甲子園』を見ればスポンサーはコカ・コーラ。
そこまで含めて現代社会です(笑)。
それでもグラウンドの中には、
一つのものを追い求める高校生たちがいる。
勝ちたい。
うまくなりたい。
仲間ともう一試合やりたい。
そのために努力して、自分なりのやり方を見つけ、できなかったことができるようになる。
そこには、自己肯定感も、達成感もある。
私は、そんなものを人間がいつまでも追い求められる国であってほしいと思います。
そして何より、
自分自身が、何歳になってもそういう人間でありたい。
今年の横浜高校を見ながら、そんなことまで考えました。
残念ながら、この時点で私が狙っていた決勝戦のJTBのチケットは売り切れてしまったようです。
どうやら決勝はテレビ観戦になりそうです。
それでもいい。
渡辺元智さんが亡くなり、その思いを受け継いだ村田監督と選手たちが、ここからどこまで行くのか。
そして、私が書いた
「今年、横浜高校は優勝するだろう」
という予測がどうなるのか。
テレビの前から、一試合一試合を噛み締めて見届けたいと思います。
高校野球は、やっぱり素晴らしい。
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